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大阪高等裁判所 昭和40年(う)1553号 判決 1966年2月05日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人植原敬一作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意第一点、事実誤認、法令適用の誤りの主張について。

論旨は、原判決は本件を暴力行為等処罰に関する法律第一条の三前段に問擬しているが、本件は被告人がクラブ「ゆめ」の新任支配人として未だ若干従業員との間の意思の疎通を欠いていた間に、被害者○○○○○なる従業員ホステスが前日に引続いて無断で早退しようとし、これを被告人がとがめたところ被害者は被告人に対する反感を露骨に現わして食ってかかり、いきなり被告人の下顎をかきむしり且暴言を吐いたので被告人としては仮にも支配人に向って生意気なという気が起り被害者の下腿を足蹴にし、なおも被害者が抵抗するのでもつれる間に被害者の胸部腰部等に若干の打撲傷を負わしめたという事案であって、かような偶発的の些細な事案について被告人に傷害の前科があるとはいえ被告人を暴行傷害の常習者と認定し暴力行為法に問擬したのは事実の誤認であり且法令の適用を誤っている。被告人は同法第一条の三に所謂常習者ではない、というのである。

よって所論にかんがみ記録を精査し案ずるに、≪証拠省略≫を綜合すると、被告人は京都市東山区祇園町北側末吉町九〇番地クラブ「ゆめ」の支配人であったが、昭和四〇年三月三〇日午後一〇時頃、被害者○○○○○が前夜に引続き無断で店を早退しようとしたので、被告人は同店前路上でこれを引止め、「店を早退するのに無断で帰るとは何事だ。昨夜も無断で早退しておき乍ら続けて今晩も帰るとは余り勝手すぎる」と詰ると、被害者は最初は「すみません」と謝っていたが、被告人がなおも「そんな勝手なことをするのだったらもう店をやめてしまえ」と叱りつけたのに対し被害者が口答えしたことから口論となり、被告人は立腹の余り原判示の如く被害者の胸部を殴打したり、靴履きのまま数回足蹴りにする等の暴行を加え、被害者もこれに負けずに反抗し被告人につかみかかっていったことが認められる。右認定によれば、被告人が被害者に対し暴力を揮ったこと自体については非難を免れないが、本件の動機は、被害者が店を二晩も続けて無断早退しようとしたこと及び被告人にそれを見とがめられた際口答えするなど被害者の態度が悪かったことなど主として被害者側にあり、本件はいわば偶発的な犯行であって被告人のみを責めることはできない。ところで、≪証拠省略≫によれば、被告人は昭和三六年九月一二日及び昭和四〇年一月二七日何れも大阪簡易裁判所において傷害罪により罰金刑に処せられており、何れも酒に酔った上の喧嘩によるものであるが、右前科のうち前者は既に四年余り前の事犯であり、後者は本件に近接した事犯ではあるが、前記の如き本件犯行の動機、態様を考え合せると、被告人に暴行傷害の常習性があり本件犯行がその常習性の発現としてなされたものと認めるにはやや不充分であるといわねばならない。しかるに原審は被告人につき傷害の常習性を認定した上本件を暴力行為等処罰に関する法律第一条ノ三前段に該当するものとして処断しているのであるから事実を誤認し、その結果法令の適用を誤ったものとして既にこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よってその余の量刑不当の論旨については後記自判の際に考慮することとし、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い直ちに次のとおり判決する。当裁判所が認定した罪となるべき事実は原判示の罪となるべき事実の二行目から四行目にかけて「昭和三六年九月一二日及び昭和四〇年一月二七日いずれも大阪簡易裁判所において傷害罪により罰金刑に処せられているものであるが、更に常習として、」とある部分を削除したほか、原判示の罪となるべき事実と同一であり、証拠の標目及び確定裁判は原判決挙示の証拠の標目及び確定裁判と同一である。被告人の所為は刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するところ、右は原判示の確定裁判を経た罪と刑法第四五条後段の併合罪であるから同法第五〇条に則り未だ裁判を経ない本件傷害罪につき更に処断することとし、所論をも充分参酌した上所定刑中罰金刑を選択し、その罰金額の範囲内で被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処し、同法第一八条により右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中勇雄 裁判官 三木良雄 山田忠治)

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